あけてくれ

奇妙な話を記録するためのブログ。大部分が自分のネタで、他人のネタはそのことを明示しています。

【怪談】玄関越しに「あけてくれ」という声を無視した結果

大勢で怖い話をしていると、ごくたまに変なことが起こる。
 
誰が語ったのかわからない話が、紛れ込むのだ。 
 
たしかに聞いたはずなのに、誰が話していたかがはっきりしない。参加者にひとりずつ心当たりがないか聞いてみても、誰もわからないという。
話自体には覚えがあるのに、誰が話していたかがわからない。思い出そうとしても、まるで靄がかかったみたいに思い出せないというのである。
 
主をなくした体験談。これもそんな話のひとつである。
 
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 あけてくれ

 

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Photo by:MICHY 写真AC
 
20年くらい前かなぁ。
当時イイ感じだった女の子の家で同棲することになったんです。きっかけは彼女が不審者に悩んでいたこと。
 
会社から帰るとき、マンションの前で変な人に追いかけられることがあるっていうんです。
 
で、すぐに引っ越すつもりなんだけど、とりあえずそれまで怖いから泊まってほしいと。
 
それで、仮の同棲生活が始まったんです。急だったんで、ほとんどオレが転がりこんだような状態でしたけどね。
 
最初の2日間は何事もなく、ふたりで同棲生活を楽しんでたんですよ。
べつに妙なものも見ないし、彼女も見たという話もしない。平和なものでした。
 
何だ楽勝だなって思ってたら、次の日の夜。
オレが部屋にひとりでいたときのことです。
彼女の帰りが遅いんで心配してたら、誰かが玄関のドアノブをガチャッとひねって開けようとしたのに気づきました。
 
 
一瞬、彼女かな、と思ったんですが、どうやらそれも違う。
 
だって、ドアが開かないってわかったら、今度はチャイムを連打しながら、ドアを外からガンガンガン叩くんですよ。
 
不審に思っていたら、次の瞬間ドアの向こう側から声が聞こえてきたんです。
それは男の声でした。
「あけてくれ!」
知り合いが訪ねてきのかな、とも思いました。聞き覚えがある声のような気がしたんです。
 
でも、オレと彼女には共通の男友達とかもいないし、仮に知り合いだとしてもこんな時間に突然やってきて彼女の部屋に押し入ろうするなんて、普通じゃないですよね。なんか怖いじゃないですか。
そもそも知り合いによく似た声なだけかもしれない。
彼女から不審者の話は聞いてたし、もしかしたらソイツかもしれないてしょ?
 
だから、息を潜めてたんです。
彼女に頼られた手前、同居したはいいものの、やっぱり怖いじゃないですか。
べつに腕っぷしに自信があるわけでもないから、やり過ごせるならできるかぎりやり過ごしたいですもん。
 
でも、男はドアをしつこく叩いて「開けてくれ」と叫んでくる。時間にして10秒もなかったんだと思うけど、ああいうときって長く感じるもんで。
もう怖くて仕方なかったんで、つい耐えきれなくなって言っちゃったんです。
「やめろ! どっか行けよ!」
 
そしたら、ドアを叩く音がスッと止んだ。
ーーで、ちょっとしてから「えへえへ」って気の抜けた笑い声みたいなのが通り過ぎるように聞こえて、また消えていったんです。
 
慎重に音をたてないようにしてドアの前に立って、覗き窓からドアの向こう側を見たんだけど、そこには誰もいない。チェーンをつけておそるおそるドアを開けてみても、やはり誰もいませんでしたし、物音ひとつしませんでした。
 
そのすぐ後に彼女も帰ってきたんだけど、もちろん彼女は今帰ってきたばかりだし、男のことなんか知らない、心当たりないと答えました。
じゃ、やっぱりあれが不審者だったのかも。もしも、あのとき、開けてたら…ってふたりで話して、ひどく不安になりました。
 
 
その後、また数日は平和に過ごしていたんですけど、ついに引っ越しを翌日に控えた夜のこと。
 
ふたりで引っ越しの準備をしている最中、オレは彼女を残して近所のコンビニに買い物に行ったんです。
そしたら、帰り道「えへえへ」って例の笑い声が後ろから聞こえてくるんですよ。
 
不意に振り返ると、マンションの前の一方通行に人影が見える。でも、暗い道だからなのか、全然相手の姿がよくわからない。人影でしかないんです。
 
「ヤツだ」
誰かはわからないけど、扉の向こうにいた不審者なのには間違いないですからね。
とりあえず、怖いから走って逃げましたよ。
残りの帰り道を全速力で走り抜けて、マンションのエントランスに入ってエレベーターのボタンを押しました。
でも、そんなときに限ってエレベーターがなかなか来なくて。そんな間にも「えへえへ」って笑い声はどんどん近づいてくる。
振り返ると、もうエントランスの扉の向こうに人影があるんですよ。
 
間に合わない!
そう思って、エレベーター横にある階段を駆け上がることにしました。
部屋は4階だったのでそこそこ大変だったけど、必死だったので辛いと感じるよりも先に部屋の前に着いていましたね。
 
それで、急いで玄関のドアを開けようとするんだけど、部屋には彼女ひとりなんで当然鍵がかかってる。
オレは鍵持って出てなかったんで、早く開けてほしくて、チャイムを連打するように鳴らしました。ドアも死にものぐるいで叩いて、気づいてもらおうと必死でした。
 
そうこうしてるうちにも階段をのぼる足音と「えへえへ」って声は近づいてきてました。どうやら、もうこの階に到達しようとしているようでした。
 
オレは必死に叫びました。
「開けてくれ!」
 
 
そう言うと、ドアの向こうから聞き覚えのある声がしたんです。あのとき、オレがドアの向こうで聞いた男の声でした。
「やめろ! どっか行けよ!」