おーいのおじさん
幼いころ、ぼくのそばには「おーいのおじさん」がいました。
「おーいのおじさん」というのは、その名の通り、ぼくと遭遇する度に「おーい」と抑揚のない無機質な声で呼びかけてくるおじさんです。
こう言うと、まるで「近所の変なおじさん」みたいに聞こえるかもしれませんが、そうではありません。おじさんは都市伝説などでよく語られる「ちっちゃいおじさん」のようなもので、立った状態でもだいたい15cmほどのサイズしかなかったと記憶しています。要は“異形の者”でした。
しかし、幼いぼくはそれが怖いものであるという認識はなく、ただ“時々現れるおじさん”程度にしか思っていなかったように思います。いつ現れたのかも、なぜ現れたのかもわからないおじさんでしたが、実際、全く無害な存在のようでした。
ぼくが遊んでいたり、ご飯を食べていたりすると、いつの間にかそこにいて、少し遠くの方から「おーい」と声をかけて、物陰に入っていって消えてしまう。ただ、それだけ。おじさんがどこから来てるのかも、何をしてるのかも、それ以上のことは、全くわかりません。
そんな「おーいのおじさん」も、ある時を境にピタリと姿を見せなくなりました。
もともと、時々姿を現す程度の存在だったので、わたしの方も別段そのことを気に留めることもなく、時は過ぎていき「おーいのおじさん」のことは記憶の片隅に追いやられていきました。
そして、昨年末のことです。
我が家が全面リフォームすることになったので、仮住まいのアパートへ引っ越すために荷造りをしていたら、クローゼットの奥底にしまわれた古ぼけたクッキーの缶詰を見つけました。
「なんだっけ、これ・・・」
と思って、それを手に取った瞬間、記憶が一気に蘇ってきました。
おそらく幼稚園の頃だったと思います。
子供部屋で遊んでいたとき、廊下を横切っていくおじさんを見つけました。
「あ、おじさんだ」
と思ったぼくは、クッキーの缶を持ったまま、おじさんを追いかけました。
おじさんは、廊下の少し先、居間の前に立って中の様子をうかがっていました。
後ろからついてきたぼくには、全く気づいていない様子でした。
千載一遇のチャンスを前に、ぼくの心のなかにいたずら心が芽生えました。
その無防備な後ろ姿を見て「捕まえてやろう」と思ったのです。
ぼくは一度子供部屋に戻ると、おもちゃ代わりにしていた木箱を持ってきました。
そして、おじさんを乱暴に鷲掴みにすると、それを木箱のなかに入れて蓋を閉じてしまったのです。
「おーい」
中から呼びかけるおじさんの声が面白くなったぼくは、さらに追い打ちするようにおじさんを缶ごとクローゼットの物陰に放置したのでした。
そんな出来事を思い出したぼくは、すっかり埃をかぶったクッキー缶を見て、恐ろしくなりました。この中には、まだ・・・。
そんなことを思っていると、木箱の中から昔と全く同じ抑揚のない声が聞こえてきました
「おーい」
ぼくは木箱をすぐさまゴミ袋に突っ込んで、ゴミ捨て場まで捨てに行きました。
その後のことは、わかりません。