あけてくれ

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【怪談・怖い話】姿見から聞こえてくる声に誘われかけた

姿見のある部屋

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Photo by:Toraemon/写真AC
小学6年生のマサノリくんの家には、曾祖母の代から受け継いだ古い姿見が残されている。
 
大正時代のものだという姿見は、ところどころくすんでいて実用性には程遠い保存状態らしく、普段は倉庫代わりにしてる四畳半の洋間に置きっぱなしになっているという。
 
しかし、マサノリくんはこの姿見が怖くて仕方ないのだという。
なんでもマサノリくんによれば、家にひとりでいるとたまにあの部屋から
「おーい」
という声が聞こえてくるのだそうだ。
声は野太い中年男性の声のようだが、聞き覚えがない。
抑揚のないトーンの発声が妙に不気味だった。
 
初めて聞いたのは、小学3年生の頃だ。
その時は不審者が潜んでると思って慌てて家の前まで出て、家の向かいにある児童公園に逃げ込んで母の帰りを待ったらしい。
しばらくして母親が帰宅したので駆け寄って事情を説明すると、母親は訝しみながらも一緒に姿見のある部屋を確認しに行ってくれた。
 
しかし、そこには人影はなく、ただ薄汚れた姿見だけが、鈍い輝きを放ってそこに立っていたという。マサノリくんはなぜか声の主が、その姿見に違いないと確信したのだそうだ。
 
とは言え、そんな話を信じてもらえるわけもない。
母親も父親も、中学生の姉もそんな声を聞いたことはなかったので、結局、声はマサノリくんの聞き間違いか、せいぜい近所の声が漏れ聞こえてきたんだろう、ということになった。マサノリくんも姿見が話す…なんてことよりも、そっちの方がより現実的なことは理解していたので、それで納得した。その時はーー。
 
しかし、それからも3ヶ月に1度くらいのペースで、姿見に呼びかけられたという。
そして、その声がするのは必ずマサノリくんが一人でいるときだけだった。
何度か聞くうちにやはり声は聞き間違えなどでもなければ、近所から漏れ聞こえてくるものでもないことがわかってきたそうだ。
姿見は、向こう側から確実にマサノリくんに語りかけてきていたのだ。
当初から不気味なものを感じていたマサノリくんだったが、姿見が自分に執着しているかのように思えて、ますます「反応してはいけない」と思ったという。
 
そうして、すでに3年が経った。
その間に何度か姿見を捨ててほしいと両親に頼んだが、父親は「姿見が話すわけがないだろう」「曾祖母(ひいばあ)ちゃんが悲しむぞ」と言って全く取り合ってくれない。母親は多少マサノリくんに同情的だったが、父親に気を使っているのか「気のせいだから忘れなさい」と言うのみで、姉にいたってはマサノリくんの病気を疑ってきたという。なので、マサノリくんもいつしか諦めて、なるべくひとりの時は姿見に近寄らないことに決めて過ごしているという。
 
今ではマサノリくんもすっかり声には慣れてきていた。
未だに考えると不気味なものはあったが、べつに反応しなければどうということはない。姿見のある部屋に入る用事などめったにないし、仮にどうしても手伝いなどで入らなければならないとしても、誰かと一緒に行けば問題ないことは経験からわかっていた。最終的には「おーい」と呼びかける声を聞きながら、リビングでテレビゲームができるくらいには図太くなっていたそうだ。
 
そして、先日。
マサノリくんはその日、学校から帰宅した後、すぐさまリビングに移動して、ハマっていたテレビゲームの電源を入れた。リビングに居合わせた母親からは「またゲーム?」と嫌味を言われたが、やりたいものは仕方ない。無視してゲームを楽しんだ。
 
しかし、その日は疲れていたのだろう。
マサノリくんはゲームをしているうちに眠くなってしまい、結局ゲームを中断してそのままリビングのソファで居眠りを始めてしまったという。
 
どれくらい時間が経っただろうか。
マサノリくんは自分を呼ぶ声で目を覚ましたという。
「マーくん、マーくん! ちょっと手を貸して」
その声は母親の声だった。マーくんとは、母親がマサノリくんを呼ぶときの愛称だった。声は姿見のある部屋から聞こえてくる。
「マーくん? ちょっとお願いー。手伝ってー」
荷物でも運び出すのかな。
最近は小柄な母親よりも体格がよくなって、力仕事を任せられることも増えてきたマサノリくんは、部屋に繋がるドアノブに手をかけた。
その瞬間である。
 
左手の先、玄関の方でドアがガチャッと開く音とともに、聞き慣れた声が飛び込んできた。
 
「ただいまー」
振り向くと玄関に買い物袋を下げた母親の姿があった。