【怪談・怖い話】カラオケ店のバイト中に見た赤いマニキュアの手
真っ赤なマニキュア
10年以上前のことだ。
当時学生だったわたしは、近所のカラオケ店でアルバイトしていた。
誰もがよく知るチェーンの大型カラオケ店である。
わたしはそこで主にドリンクの提供と清掃を担当していた。
ある日のこと。
お客さんが退室したことを確認したわたしは、空室になったばかりの207号室へひとりで向かった。
従業員用の階段を上がり、廊下へ出る。
わたしの目の前をまっすぐに伸びる廊下。その3m程先、左手の壁に207号室の扉はある。
わたしは廊下の端に置かれた清掃用のカートを押すと、視線を207号室の方へ向けた。その時である。
207号室に入っていく人影が見えた。
いや、正確には見えたのは手だけだ。
真っ赤なマニキュアを塗った、華奢な女の手がドアの向こう側に消えていくのを見た。
「忘れ物かな」
たまに退室後も客が忘れ物を取りに戻ってくることはある。すぐ出てくるだろうから、と待つことにした。
今どうせ入っても清掃はできないし、相手にバツの悪い思いをさせることもないだろうと思ったのだ。
「ぼぼ、ぼっ、ぼぼっ、ぼぼぼっ」
と、部屋からマイクに息を吹きかけた時のような大きなブレス音が聞こえてくる。
一瞬ぎょっとしたが、おおかた質の悪い客が仲間を会計に行かせて部屋に残ってふざけているのだろうと思い直した。
そういえばさっきからカラオケの演奏音が続いたままだ。
一昔前に流行したテクノ系のポップス曲だ。
選曲からして、そう若くもない客だろうに何をくだらない悪ふざけしているんだか…。
少し憤りを感じたわたしは部屋に突入してやることにした。会計後に部屋に居座ってる現場をおさえて、注意のひとつでもしてやろう。そんな風に思ったので、ドアを勢いよく開けてやった。
と、扉を開けた途端、部屋は急に静まり返った。
マイクの異音は止まり、先ほどまで流れていた演奏も中止させられたらしく薄く残りの
メロディが流れているのみだ。
しかし、何よりわたしを呆然とさせたことがある。
それは、室内に誰もいなかったことだ。
マイクは電源がついたまま、床に転がっていた。