あけてくれ

奇妙な話を記録するためのブログ。大部分が自分のネタで、他人のネタはそのことを明示しています。

【怪談】これは怖い話じゃないんですけどね。

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Photo by:はむぱん/写真AC

 

タクシーに乗車中、運転手さんから聞いた話。

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これは怖い話じゃないんですけどね。

 

タクシーの運転手になりたての頃ね。

深夜。駅から離れた丘の上にある住宅街へ客を送っていった帰り、道すがら別のお客さんを拾ったんですよ。

 

街頭も置かれてないような真っ暗な道の、それこそ傍らに竹林が生えてるような寂しいところを走っていたら、急にフロントライトに照らされた女の人影が見えて。すっと、こちらを見て手を上げてるんだよ。細っこい青白い手でね。

 

思わず停まっちゃったんですけど、内心「しまったなぁ」って。

 

わたしもあの頃は新人だったからね。

やっぱり気味悪いじゃないですか。内心嫌だなって思ったんですよ。

人気のない場所で拾う深夜の女性客なんて、まるで怪談じゃないですか。

気づかなかったフリして通り過ぎちゃえばよかったって一瞬後悔したんですけど。

 

でも、よくお客さんの顔を見たら、なんてことはない。普通の女の人でね。

色白ではあるけど、目の輝きもあるしよく見りゃ艶のあるキレイな肌しててね。

服装ももちろん白装束なんかじゃなくて、よく見たら、ごく普通のリクルートスーツみたいなやつなのよ。べつに破れたり、妙に古臭かったり、汚れたりしてるわけでもない。新卒とか、もしかしたらインターンみたいなのだったのかな?

あの頃、そういうのがあったかは知らないけど、そういう印象を受けて。

あ、よかった、人間だったって。

 

後部座席に乗り込んできた彼女の言動も、べつに普通。

「○○通りを××方面へ行ってもらえますか。その後は、またその都度、案内しますんで」

ってよく聞こえるハリのある声で言うんですよ。

 

 

その頃には、わたしも儲かったって思うようになってましたね。

それで彼女の言う通り、車を走らせました。

 

でも、走らせてるうちに、だんだんまた不安になっていったんですよ。

というのも、いくら走っても、彼女が車を停める気配がないんですよ。

ずーっと大通りを走ってると、たまに違う通りに切り替えては、またずーっと走って…の繰り返し。どんどん最初にいた町から離れていくんですけど、彼女は窓の外眺めてるだけで一向に目的地に着く気配がない。

 

不安になったもんで

「どこまで行かれるんですか?」

って私も聞いたんですけど、なんか要領を得ないんですよね。

「ちょっと説明しづらいんですけど、道順はわかるのでそのまま進んでください」

みたいなこと言って、はっきりしないんですよ。でも、そのわりに妙に口調は落ち着いてるっていうか、確信に満ちてるんですよね。

 

 

言ってること無茶苦茶でも、当然のように自信たっぷりに言われるとあんまり突っ込めないみたいなの…わかります? あの感じで丸め込まれちゃったんですよ。今なら適当に愛想よく断れるけど、あの頃は若くて機転もきかないし気が小さかったもんだから、その時はそれ以上は突っ込まずにしぶしぶ運転を続けました。

まぁ、ウチ(のタクシー会社)が歩合率いいのもあって、内心「どこへ行くにしても、稼げるならいいか」って思ってた部分はあります。

 

でも、その後もいっこうに彼女は車を停める気配なくて。

まだかな、まだかなって思ってる内に、県境も跨いじゃって、どんどん景色も山深くなっていくんだけど、まったく彼女は車を停めないんですよ。

あの時はあんまり時間の感覚なかったけど、たぶん距離的に1時間以上は経ってたんじゃないかな。

 

いよいよ不審になってきましてね

メーターもけっこう回ってて「この子本当に払えるのか?」とも思ったのもあるけど、それ以上に気味が悪くなってきたんです。

 

そもそも、この深夜にあんな住宅街の道端で流してるタクシー拾って、こんな長距離走るってやっぱり変じゃないかって。

 

駅前とか繁華街、オフィス街ならこの状況も、まぁ、わかりますよ。

遊んだり、仕事してて帰宅が遅れた結果、終電を逃した…とかね。

そういう時、数万円払ってでも帰宅したいって事情もあるだろうし。

 

でも、彼女を拾った場所は住宅街の道すがらですよ?

ってことは、彼女は十中八九、近所の家を出て歩いてたわけですよね。

まさか、歩いて目的地へ向かってたわけじゃないだろうし、そう考えるしかないですよ。

 

でも、それはそれで不自然でしょ?

こんな時間に、そんな長距離を移動しなきゃいけない事情があるんだとして。

もともとどっかの家にいたんなら、普通、その家から電話してタクシー呼びません?

最初に言ったとおり、彼女を拾った場所は駅からタクシー乗って行くような場所ですよ? バスもとっくに終わってるし、駅に向かう手立てだってマトモになかったんですから。彼女がタクシーをあそこで捕まえられたのは「たまたま」だったんです。

じゃ、彼女はわたしが通りがからなかったら、どうするつもりだったんですかね?

 

 

そんなこと考えてたら、いよいよ寒気がしてきちゃって。

ミラー越しに彼女を見ていたら、なんか、さっきまで普通の女の子だと思ってたお客さんがどんどん化け物じみて見えてきたんです。

 

気づいたら、いなくなってる・・・なんてことないよな?

なんか妙な事件に巻き込まれてるのか・・・?

 

そんなこと考えているうちに気分が悪くなってきて、いよいよブレーキふもうかなって思ったその時。

「あ、このへんでいいです」

 

後部座席から声がしました。反射でブレーキ踏んで振り返ると、彼女は澄ました顔でカバンから財布を取り出すんです。

お支払いも普通にしてくれて。笑顔で「ありがとうございました」と言って、タクシーを降りていきました。

 

最初に言ったとおり、これは怖い話じゃないんで、彼女はべつに幽霊でもなかったし、襲われることもなかったんですけど。

でも、一方で、その後姿を見ながら、ますます気持ち悪い感じに襲われたのは事実ですね。

 

だって、タクシー停めた頃にはもうとっくに人里なんか遠く離れてて、

彼女が消えていった場所、建物も道もないただの森だったんですもん。